4年ぶりの開催となるBE:YOND 2023の基調講演には、ビジネスエンジニアリング株式会社 取締役社長の羽田雅一が登場。慶応義塾大学 商学部 准教授 博士(経営学)の岩尾俊兵氏をゲストに招き、「デジタル時代の日本(式)経営 ~逆襲の一手~」をテーマに講演した。
羽田はまず「2019年より続く新型コロナウイルス感染症の拡大の影響により、なかなか開催することができませんでしたが、BE:YONDをどうしてもリアルでやりたいという思いがあり、4年ぶりの開催を決めました。今回は現地のみの開催であるため、どれだけ来場していただけるか不安でしたが、大勢の皆さまにご参加いただきうれしく思います」と挨拶した。
B-EN-Gは30年以上にわたり製造業向けのシステム構築を支援してきた。日本の製造業がグローバルで競争力や価値を高めるための支援を、いかにパートナーとともにデジタルで実現するかが重要なテーマだ。しかし、2018年9月に経済産業省が発表した「DXレポート」では、「2025年の崖」という言葉とともに、日本の製造業がDXの波に乗り遅れ、デジタル競争の敗者になってしまいかねないと報告された。なぜ日本の製造業はデジタル化が遅れてしまったのか。
羽田は「1つは非常にシンプルで、IT化の必要がなかったということです。かつての日本の製造業が強かったのは、技術、品質、あるいは製品へ徹底的にこだわり、何か問題があっても現場で工夫、改善して解決することができたからです。言葉は悪いですが、経営者の能力が劣っていたとしても現場で自律的に解決できる能力がありました。一方の欧米は、日本のような単一民族、単一言語、同じ文化的な背景があるわけではないため、人間系(人間力)で問題を解決するのは困難です。そこで、ルールを決めたりシステム化したりして進めていく必要がありました」と話す。
競争が国内だけ、あるいはモノを国内で作って輸出しているだけであれば、これまでのやり方で問題はない。しかしグローバル競争が激化する中、製造拠点を海外に置く必要があったり、少子高齢化で主要マーケットが海外に移ったりすると、日本の強みだった人間系に頼って戦うことが困難になる。これに追い打ちをかけているのが、コロナ禍だ。新型コロナウイルスの感染拡大によって世の中が不安定になり、やはり人間系だけで対応していくことは限界に近づいている。こうしたことも日本の製造業でデジタル化が遅れている背景にはある。
もう1つ根本的な問題がある。日本にERPが入ってきて30年余りが経ち、当初は足りない機能もあったが、現状では機能的にも充実してきている。しかし現在においても、日本の製造業の半分はERPを使いこなせていないのだ。
「ERPを30年間提供して感じるのは、ベストプラクティスへの違和感です。とにかく経営トップに必要な情報を、正確かつ素早く提供すればいい。少し乱暴に言えば、多少現場がやりにくくなっても問題ないという考えが広まってしまっています。この考えは、これまで改善の積み重ねで競争力を維持してきた日本の製造業には受け入れがたく、本能的に抵抗感があるものです。しかし、日本企業のすべてがダメかと言えば、そうではないと思っています」(羽田)
例えば、いま流行りの経営手法や経営理論で考えてみると、ティール組織やマルチステークホルダーなどは、完全に同じではないが昔から日本企業が持っている良さであり、共通する部分がある。羽田は「個人的にこの2年ぐらいモヤモヤしていた中、それを吹き飛ばしてくれる1冊の本『日本“式”経営の逆襲(岩尾俊兵 著、日本経済新聞出版)』と出会いました」と話した後、岩尾氏を紹介した。
なお岩尾氏はスケジュールの関係上、まずビデオで「デジタル時代の日本(式)経営 ~逆襲の一手~」をテーマに講演し、その終了後にステージへ登壇して羽田と対談した。
「相反するものに見えるこの2つの悩みは、実はどちらも同じ問題で、これを解決する方法は思ったよりも単純です。この2つの悩みの原因が何かを尋ねると、返ってくるのが所得格差や教育格差などです。あるいは、コンプライアンスにより創造的なことができない、コーポレートガバナンスがうるさくて意味のない仕事が多い、名ばかり管理が増えている、などもあります。ここには、中途半端なアメリカ式経営の猿真似が、経営層と現場の対立を激化させている側面もあります」と岩尾氏は話す。
日本が米国式の経営を盲信的に取り入れている一方、日本の経営技術は海外で慧眼の持ち主たちから注目されている。例えば、Amazonのジェフ・ベゾスやGoogleのラリー・ページ、セルゲイ・ブリンなどは、トヨタ生産方式などの日本の経営方式を学んだと言われている。具体例を挙げれば、ジェフ・ベゾスは日本語の「カイゼン(改善)」という名前を使ったKAIZENプログラムを米国本社向けに作成し、トヨタ生産方式の1つである「アンドン式」もシステム開発の中で実践している。
近頃世界中で流行っている「両利きの経営」は、米国のコンピュータシミュレーションを使った研究を基に、オライリー教授やタッシュマン教授たちが理論をパッケージ化したものだ。提唱者のオライリー教授は、イノベーション、創造性、フレキシビリティを担保する「探索」と、利益の確保や効率化、確実性の向上を実現する「活用」のバランスを取る、両利きの経営の代表例は何かと聞かれた際に「日本の改善活動がよい例だ」と答えている。
「実は、日本は両利きの経営が得意でした。しかし、そうした話は全然聞かず、日本は両利きの経営が下手だ、改善ばかり言っているから駄目だという話を耳にします。一方、提唱者自身が『カイゼン』は両利きの経営の代表例だと話しています。また、少し前にティール組織というものも流行りました。これはアメリカ型の組織への対案として流行ったモデルで、セオリーZにも共通する部分があります。先進的なモデルとして世に出てきたものではありますが、よく見てみると日本企業の古き良き姿と非常に似ています」(岩尾氏)
ボストンコンサルティンググループの創業者であるブルース・ヘンダーソンは、もともとはトヨタ生産方式を研究する経営学者だ。共同創業者のジェームズ・アベグレンも日本的経営論で有名な人物である。さまざまな経営コンセプトを打ち出している外資系コンサルティング会社までもが、もともとは日本式経営を欧米に売ることがビジネスの中心だったのだ。
「日本の経営技術は過去から現在まで世界で評価されています。一方の日本自身は、もう日本の経営は駄目だ、終わった、米国を見習えと言っています。このような状況を嘆かわしいと言うだけでは前に進めません。過去の日本はなぜ強かったか、その本質を理解することが必要でしょう」(岩尾氏)
過去の日本が持っていた強みの本質は何か。それは「イノベーションの民主化」である。イノベーションの民主化とは、すべての人が経営人材、経営人材候補であり、浅く広く経営教育を行うことだ。もちろん個人の能力や責任などには差があり、貢献度は各々で異なる。しかし付加価値創造の主役は全員であるので、価値創造から得られた報酬は比較的平等に得られるようにする。
これに対し「イノベーションの専制化」では、少数の人材に深く経営教育を行い、少数のエリートを育成し、少数のエリートが価値創造をする。そして、その価値創造からの報酬も少数のエリートが独占する。これが米国型の教育だ。「日本企業の新入社員と社長の給料の違いは7~8倍ですが、米国企業は100倍から1000倍です」と岩尾氏は説明する。
しかしイノベーションの民主化であれば、べき乗の成果を得ることができる。例えば経営教育によって1人ひとりの成果が1%上昇する(生産性が101%になる)とした場合、対象者が10人であれば101%の10乗、100人だったら100乗、1,000人だったら1,000乗、1万人であれば1万乗の成果が発生する。経営教育の対象者が10人しかいない組織だと、成果は1.1倍しか得られない。しかし、100人だと約2.7倍、1,000人だと約2万倍になる。たった1人の超エリートを育成したとしても、常人の2万倍の能力を獲得するのは難しいだろう。
「浅く広く経営教育を行って、みんなで成果を上げていくことは、数学的にも正しいと言えます。それがわかっていたからこそ、ジェフ・ベゾスやラリー・ページなどは、エンジニアへ優先的に高給を支払ったり、食堂を作るなどして会社を好きになってもらったりしているのです。こうした取り組みは、もともと日本のもので、米国では行っていませんでした」(岩尾氏)
「孤立という経営者層の悩み、困窮という従業員の悩み、実はどちらも同根の問題です。根底にある問題点は、経営の心と知の偏りです。これを正していたのが、良き時代の日本式経営でした。終身雇用、企業別労働組合、年功序列は、まさにすべての人が経営人材候補として尊重され1つの共同体を作るための仕組みであり、そこから次の社長が生まれてきます」(岩尾氏)
イノベーションの民主化という強みを生かし、デジタルトランスフォーメーション(DX)を成功させるにはどうすればよいか。岩尾氏は次のように話す。
「すべての人は付加価値創造のための大事な人材であると考えつつ日本的経営に戻れば、DXは人を縛ることが目的ではなく、面倒なだけで何も価値を生まない仕事を減らし、空いた時間をより創造性が高くて楽しい仕事に充てるための手段であるということがわかります。日本が持っていた本当の強みをいまここで再認識すれば、格差社会を回避できるだけでなく、経営技術向上の競争にも勝利し、新しい日本型の資本主義を世界に対して提案できるようになる。つまり日本がもう一度豊かな国になれると思っています」
岩尾氏のビデオ講演の後、羽田は「日本企業のIT化、製造業のデジタル化は遅れていると冒頭に話しましたが、実はコロナ禍で大きく変化しています。例えば、mcframeのライセンス売上は2008年のリーマンショックで大きく減少しましたが、コロナ禍の2020年、2021年、2022年は急速に導入が増えています。これだけ不透明で不安定な状況でも、デジタルの力を借りないと競争に勝てないということが、経営トップから現場に至るまで浸透しているということです。日本の製造業は良い方向に変わりつつあると思います」と語った。
これまでのデジタル化は、まずはアナログ情報をデジタル化し、みんなで共有して使えるようにして効率化や標準化を実現するというものだった。そのための代表的なツールがERPである。ERPの導入はDXにおける3ステップのうちの2番目、デジタライゼーションにあたる。今後はAIやIoTなどの先進技術が簡単かつ安く使えるようになっていくため、それらを使って競争力を上げる「共創領域のデジタル化」が必要になる。その先にあるのが最終ステップである「デジタルトランスフォーメーション」だ。
羽田は「ビジネスをデジタルで大きく変化させる取り組みは、10年や15年はかかり、腰を据えて解決すべき課題です。これまでERPは標準化や効率化の道具でしたが、今後はイノベーションの民主化のためのツールとなります。そのためには現状を把握し、分析することが必須です。ERPはそのためのプラットフォームになっていくでしょう。コンプライアンス上、会計情報が必要と言われればやらされ感がいっぱいになってしまいますが、自分たちがイノベーションを作っていくための武器と考えればERPもワクワクするものになるのではないでしょうか」と話し、講演を終えた。
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