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コラム

SCM

新薬メーカーに今こそ求められるS&OP視点の在庫とは

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前回のコラム「パンデミックの今だからこそ、新薬メーカーにおけるS&OPの重要性を考える」では、パンデミックで新薬メーカーによるSCMやS&OPへの取り組みが加速化してきている中、新薬メーカーが今日目指すべきS&OPの仕組み作りとその重要性について述べた。今回は、新薬メーカーが目指すべき仕組みの重要な一つとしての、S&OPにおける在庫の考え方について述べる。

 

創薬事業におけるS&OPとしての在庫の考え方

前回のコラムでは、昨今の医薬品メーカー、特にバイオ医薬品分野での創薬事業におけるSCMやS&OPへの取り組みが加速化してきている状況を説明した。またその背景として、従来は消費財や製造業などでは既に当たり前となっている多国間を跨る開発や供給工程のグローバル化が、創薬事業の分野においても広く一般化してきていることや、使用期限のある医薬品の在庫を、廃棄を最小化しつつも欠品を起こさずに確約した納期通りに供給するための適正在庫を管理する仕組みが求められていることを述べた。今回は、創薬事業において求められるS&OP視点での在庫の計画について考えていきたい。

「在庫」と一口に言ってもサプライチェーン上には様々な在庫が存在しており、昨今新薬の主流になりつつあるバイオ医薬品に関しても、大きく分けて、材料となる原料在庫、原料から製造される原液在庫、原液を工場内外に運ぶ際の物流在庫、製剤化のための資材在庫と梱包・出荷のための副資材在庫、出荷を待つまでの完成品在庫、そして出荷後の物流在庫や、納品後使用されるまでの流通在庫や院内在庫など、多岐に渡り様々な在庫が存在することになる。

新薬製造の場合、創薬時においては人類の叡智を結集した研究と、最先端のテクノロジーを駆使して開発が行われるが、上市後の量産段階に入ると、他の組立型製造業などと比べるとその製造工程数自体は膨大ではなく、またライン上の製造は連続的に行われる場合が多いため、組立型製造などではよく課題となるような製造中の仕掛在庫に対する考慮は稀であると思われる。
そのため在庫を考える場合に重要となる要素としては、各国における承認タイミング、使用期限を考慮した供給量と出荷時期、各国の製造拠点間の通関も考慮した物流となり、さらには需要を満たすために必要な製造能力や最終消費時期から逆算した製造納期や、コストも考慮した物流方法やそのリードタイムをどう選択するのか、ということである。
またさらには企業の経営的な視点から、物流中も含む各時点や保管場所における在庫の金額が幾らで、計画上売上や利益がどうなるのか、といったS&OPとしての観点も非常に重要になってくるのである。

 

使用期限や金額を考慮した在庫の適正化とグローバル サプライチェーン計画

在庫を中心とした従来の計画の仕組みには、一般的に PSI (Production Sales Inventory: 生販在) 計画と呼ばれる考え方がある。これは、市場の需要に基づいて販売計画を作成し、また販売に必要な在庫を安全在庫を加味して在庫計画を作成し、販売計画と在庫計画を満足するように生産能力を考慮して生産計画を確定して、需要や供給の変化に応じてその変化を互いに連動させて計画を修正していく、という仕組みである。
また在庫を中心に、ある時点における在庫量を入力として次の工程での在庫量を出力し、それらを上流工程から下流工程に繋いでいくという方法でもあり、在庫の受払い方式とも言われている。このような方式は計算が簡単であることもあり、EXCELなどの表計算ソフトを使用して人手で作成され運用されていることも多いが、実はこの仕組みにはさまざまな課題が含まれている。

計画を作成する際にはEXCELを含むどのような仕組みであっても、最初に実世界のモノの流れを仮想空間であるソフトウェア上に展開するためのモデル化といわれる設計が必要になる。そしてそのモデルに従って作成された計画を使用して実際の業務が行われることになるのだが、その際に実際の業務を行う実世界では様々な予想外の事象が発生する。サプライヤーを含む上流からの原材料の遅延、製造時の設備やラインの故障や品質問題、物流や通関時などの遅延などである。

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当然ながら、販売・在庫・生産の計画作成時にそのような予想外の事象を予め組み込んでおくことは困難である。そのための対応策として安全在庫を多めに持ったり、また各種リードタイムに余裕を持たせて長めに設定した固定リードタイムを使用することにより、予想外の問題に対応するための手段としてのバッファー(余裕)を持たせて、供給の流れを滞らせないようにしているのである。
そしてさらには、このようなPSI計画の確定・見直しを人手で行うためには相応の時間が必要なため、通常は月次や週次で開催されるPSI会議や需給調整会議の場で決定されることになる。

安全在庫を多めに持ち、常には必要では無い長めの固定リードタイムを使用し、適時に対応が困難な、頻度の低い調整会議の場合では、サプライチェーン全体のリードタイムが冗長化してしまい、迅速な意思決定、さらには迅速な企業経営が困難になってしまうことにもなる。


半世紀前であれば、画期的な新薬を開発すれば特許権もあり市場で独占的に売れる、といった時代もあっただろうが、今日においては競合他社は直ぐに追進してくるし、また新型コロナワクチンのような人類存続における喫緊の状況に関わる新薬では、既に特許権の放棄なども宣言されるような場合さえもある。

このような状況の中ではたとえ新薬であっても、企業のビジネスを成功させるためにはサプライチェーン全体のリードタイムを可能な限り短くし、必要時に適時複数の修正計画案を作成し、経営が直ぐに意思決定をして、また直ぐにその決定された次の修正計画に従って業務を遂行していく、という仕組みが必要になってくるのである。
そしてそのためには、PSI計画のような在庫や生産、さらにはそれに伴う供給能力や物流などのそれぞれの計画を個別に作成してそれらを順次連携していくという従来の方法ではなく、需要計画や販売計画を基にして生産における各種製造能力や製造制約、使用期限を考慮した適正な在庫量と安全在庫量、物流能力や物流手段毎の物流制約などを、同時に考慮したサプライチェーン計画の仕組みが求められることになる。
さらに経営の意思決定のためには、たった一つの計画案ではなく、例えば納期遵守率を高めるために在庫を多めに持つ場合の計画や、期末に財務上の在庫金額を極力抑えた計画など、複数の異なる評価指標に基づく計画案を作成、提示できる仕組みも重要となる。そしてもちろん、売上や利益、在庫を含む財務上の資産など、数量ではなく常に金額で意思決定をする必要がある経営側のためには、計画上の数量と金額が常に表裏一体となって表現され、生産や在庫の数量変更による金額の変化や、金額の変更による数量の変化が瞬時に示される事が求められる。

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S&OPを実現するサプライチェーン計画のためのAPS (Advanced Planning System)

上述のような、サプライチェーン上の調達や生産、在庫、物流などにおいて実際の業務上で必要な各種制約を一括考慮し、バッファーを持った長めの固定リードタイムを基本にするのではなく、可変リードタイムによって必要に応じて適切なリードタイムを使用することにより、より現実世界に近いモデル化を実現し、それによって実現可能な計画を作成する仕組みとしては、APS と呼ばれる高度計画システムの活用が考えられる。
そして、数量と金額が常に相互変換された、使用期限も考慮した調達から生産、在庫、物流までのサプライチェーン全体の一括した計画を、評価指標を変えた複数のシナリオ毎に作成し、それらを比較した中から意思決定された修正計画を使用して、頻度高く事業体としてのP-D-C-Aを回していく、という仕組みが新薬メーカーにおいても今日求められるS&OPであるとも言えるのである。

加えて医薬品の場合、製造・品質に関する変更は規制当局に対しての事前通知・事後承認が義務付けられており、そのプロセスは各国・各地域でのレギュレーションの違いもあるため、サプライチェーンは常にエンジニアリングチェーン上の変更管理プロセスとの密接な連携が必須となってくる。

次回は、エンジニアリングチェーンとサプライチェーンを同期化し、グローバル サプライチェーン上でのモノと情報の流れ、及びその状況を可視化するためのS&OPの仕組みについて考えていきたい。

第3回に続く

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貝原 雅美 氏
貝原 雅美 氏
ワクコンサルティング(株)エグゼクティブ コンサルタント
SAMI コンサルティング株式会社代表取締役
主に製造・流通業向けの生産・物流管理、ERP、SCMの導入・開発・コンサルティングに従事し、その後米国SCM企業のコンサルティング、マーケティ ング、セールスの各ディレクターを歴任。リスク管理、内部統制の外資系日本法人立上げにも参加し、企業に対する内部統制、リスク管理等の支援を行う。
現在は日欧米のグローバルな地域でSCMやS&OP改革、経営・業務改革の支援を行い、また大学・協会・企業での講師なども行っている。

<著書その他>
・日本ロジスティクスシステム協会ストラテジックSCMコース講師
・著書:「戦略的SCM―新しい日本型グローバルサプライチェーンマネジメントに向けて」(共著)(日科技連出版社)
・日本鉄鋼協会、日本OR学会等での講演や、企業内研修講師、企業及び大学向け講演、SCM専門誌向け記事など多数。